明治時代、新聞界で一時代を築いた1人の男がいます。今で言う“文春砲”を連発し、スキャンダル報道で世を席巻した新聞記者は、自ら小説も連載し「日本の探偵小説の祖」という一面も持っています。名は「黒岩涙香」、その素顔に迫ります。
安芸市立歴史民俗資料館では「特別展 黒岩涙香」が開かれています。地元・安芸出身で、新聞記者・小説家・翻訳者として活躍した、黒岩涙香(くろいわ・るいこう)を紹介する展示です。
黒岩涙香(本名:周六)は、幕末期の文久2年(1862年)、安芸郡川北村(現在の安芸市川北)に生まれました。幼少期から学問に熱心で、16歳で大阪に出て大阪英語学校で語学を学び、17歳で東京に移ると、成立学舎や慶應義塾に入学して学びました(すぐに中退した)。この頃から政治・法律書を読み漁り、政治演説に熱中したといいます。
そして24歳で新聞社に入った涙香は、新聞社を転々としながら、英語力を生かして翻案小説を次々と発表しました。
(翻案:海外の作品などの原作をもとに、新しい作品を生み出すこと)











