2004年8月、東京都足立区の住宅の床下から、26年間行方不明だった女性教諭(行方不明当時29歳)の遺体が見つかりました。
遺体は深さ1.5メートルの土の中に毛布とビニールシートにくるまれ、すでに白骨化していました。
遺体が見つかったきっかけは、この住宅に住んでいた男(当時68歳)の告白でした。
「以前、人を殺した、遺体は床下に埋めてある」
しかし告白したその日は、殺人罪の時効15年(当時)をとっくに過ぎていました。
男はなぜ犯行を告白したのか?そして再び口を閉ざすのはなぜなのか?
「逃げ得は許さない」
遺族が男に損害賠償を求めた裁判の記録や当時の取材から、女性教諭を殺害し遺棄した男と遺族の26年間の空白を紐解きます。(年齢は2009年の取材当時)
今回、HBC北海道放送はこの事件を報じるにあたって、遺族の「事件を風化させたくない」という強い願いを考慮して、記事の冒頭に被害者女性の写真を掲載しました。【前編・中編・後編】
不明から26年、女性教諭の遺体発見
2004年8月22日。夏の甲子園で南北海道代表の駒大苫小牧が、愛媛県代表の済美を下して初優勝したその日、小樽市に住む石川憲さん(58歳)の元に、警視庁綾瀬警察署から1本の電話がかかってきました。
報せは、26年間もの間、行方がわからなくなっていた姉の千佳子さんが「遺体で見つかった」というものでした。
「それまで、北朝鮮による拉致事件も含めていろんな事件があったので、私たちは生きていてほしいという気持ちがあったが…殺されていたのかと」(石川憲さん)
千佳子さんの遺体は、東京・足立区の住宅の床下から見つかりました。
その住宅は千佳子さんが当時教諭として勤務していた小学校の近くにあり、遺体は深さ1.5メートルの土の中に毛布とビニールシートにくるまれ、既に白骨化していました。
下着やキャッシュカードなどの所持品も一緒に埋められていて、それらが身元を特定する手がかりとなりました。
千佳子さんが行方不明になったのは、1978年(昭和53年)8月のことでした。千佳子さんは当時29歳。
何の連絡もなく、神隠しにあったかのように突然、行方がわからなくなり26年が過ぎていました。
その空白を突き破ったのが、男の告白でした。
「以前、人を殺した、遺体は床下に埋めてある」
男は、千佳子さんが勤める小学校で警備員をしていて、1978年当時42歳でした。
遺体が発見される前の日、男は綾瀬警察署に出向いて「千佳子さんを殺害した」と自首したのです。
しかし自首したその日は、殺人罪の時効(当時15年)をとっくに過ぎていました。
男は罪を問われることはなく、その後、関東地方のある町に引っ越し、妻と2人で暮らしていました。







