サハリン育ちの残留日本人…結婚で渡ったウクライナから避難し旭川へ
英捷さんたちはサハリンで育った残留日本人です。
今のロシア・サハリンは、かつて樺太と呼ばれ、約40万人の日本人が住んでいました。
第二次世界大戦後にソビエトの侵攻を受け、ほとんどの日本人は引き揚げましたが、 英捷さん一家は母親の出産などが重なり、サハリンで暮らし続けることを余儀なくされました。
英捷さんは結婚を機にウクライナに移住。
子どもや孫に恵まれ、平和な日々を過ごしていました。
しかし―― 2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵攻。英捷さんは日本に永住帰国していた兄弟を頼り、旭川に避難しました。
旭川で過ごす5度目の夏です。 英捷さんは82歳になりました。
一時はがんの治療のため入院もしましたが、今は退院し、週に1度デイサービスに通っています。
降旗英捷さん(82)
「私は日本へ移り住んだことを後悔していません。ここでは私が健康に暮らしていけるよう、みんなが助けてくれているから。これ以上望むものはありません」






