航空隊に爆撃…若い命が犠牲に

17歳の春。アメリカ軍が沖縄本島に上陸し、本土への攻撃が激しくなる中、分隊長から総員整列の号令がかかりました。

そこで告げられたのは…。

元特攻隊員 横山末雄さん(98)
「『諸君に。ぜひ特攻隊員としてねやってもらわなきゃならん』と。当然何のちゅうちょもしないで、一歩前へ全員が出た」

横山さんを含め、志願したおよそ200人が特攻隊員となりましたが、その矢先、航空隊の基地は、アメリカ軍の波状攻撃に晒され壊滅状態に…。

横山末雄さん(98)
「私はみんなを連れて防空壕に避難した。隊に残った者は爆弾でやられて、相当数、とにかく280人戦死した。はらわたも分からないくらい直撃した」

この被害によって、出撃する機会はありませんでした。

太平洋戦争では、特攻隊員6300人以上が帰らぬ命に。

横山末雄さん(98)
「戦争が終わってから『貴重品をみんな出せと、機密に関するもの全部出せ、特に日記帳も出せ』と全部燃やされた」