地域を変えるのはしがらみにとらわれない、「よそ者」かもしれません。

 足早にやってくる冬を前に、草刈りの音が響きます。

木下純一郎ディレクター
「草木を刈ったその下からはどうやら線路が見えています」

姿を現したのは、2006年に役目を終えた「ふるさと銀河線」の線路です。ここは人口およそ2700人、北海道オホーツク地方の「置戸町」。

宿のオーナー
「その上に何かを走らせるのはレールがあるからこそできること」

列車が走らなくなったレールにトロッコを走らせたい。「無用の長物」を新たなマチの財産に変えたい。熱い大人たちを「もうひとホリ」します。

宿のオーナー
「これから置戸に向かって出発します!」(フォーン)

 「人間ばんば」で有名な北海道置戸町。中心部のコミュニティーホールの前には、今も線路の一部が残されています。

旧国鉄保養所 鉄っちゃんと鉄子の宿 郡山卓也オーナー
「こんな感じに草ぼうぼうであった。2年がかりで草を刈りながら、もしかしたらこの線路をまた再度何か新しいことに使えるんじゃないかなと思って」

そう話すのは、網走のこだわりの宿「鉄っちゃんと鉄子の宿」のオーナー、郡山卓也(こおりやま・たくや)さんです。

旧国鉄保養所 鉄っちゃんと鉄子の宿 郡山卓也オーナー
「鉄道なので金を失う道ですね」

目の前には、本物の列車が走る郡山さんの宿。また、建物の中では、プラレールや鉄道模型が迎えてくれる、その筋では、全国に知られた宿なのです。そんな郡山さん、3年前、置戸町に、ふるさと銀河線の線路が残っていることを知り、町の許可を得てトロッコを走らせようと、2020年から草刈りを続けてきました。

 映像は、ふるさと銀河線の廃止前の置戸駅です。木材などを運ぶために、網走地方では最も早く駅ができ、1989年には「ふるさと銀河線」の駅に。そして2006年、マチから鉄道がなくなりました。

旧国鉄保養所 鉄っちゃんと鉄子の宿 郡山卓也オーナー
「16年たってもこの感じでまだ走れる状態で線路が残っています」

鉄道が走らなくなると、線路や施設は「無用の長物」になるため撤去されるのが一般的です。しかし、ここの1.1キロの区間は、「枕木」「標識」「橋」などが、今も残る貴重なエリアです。一緒に草木を刈る「狩勝高原エコトロッコ鉄道」の増田秀則さん。自慢のトロッコを、新得町から運んできました。

狩勝高原エコトロッコ鉄道 増田秀則さん
「何か(線路を)使えればいいよねなんて言って気軽な気持ちで進んでたね。木ばっかり生えている」

トロッコを走らせたいと草木を刈り続けた2年間だったと振り返ります。

工房 殊刃里 髙橋徹さん
「お世話になっております」

満面の笑みでやってきたのは、置戸町で木工鉄道を作る髙橋徹さんです。郡山さんに負けない「鉄道ファン」です。

工房 殊刃里 髙橋徹さん
「フィラデルフィアで作った機関車ですから、ボールドウィンですね。(置戸町には)何台も走ったみたいですけど」

製作期間3か月の蒸気機関車「ボールドウィン」。1911年頃、置戸町を走っていたアメリカ製の機関車です。髙橋さんは、地域の歴史を伝えようと鉄道模型を作り続けています。

鉄道が消えて16年、再び置戸町の線路に車両が走り始めました。

11月、ようやく1.1キロのレールの草刈りが終わり、16年ぶりに、置戸町に車両を走らせます。

「時速15キロ」。屋根のない、むき出しの車両。なかなかの迫力です。

工房 殊刃里 髙橋徹さん
「自力で草刈りなんかね,やられたら僕本当に頭が下がる思いというか、尊敬しちゃいますよ。私ももうそう簡単に死んでられないと思います。


鉄道の歴史に詳しい加藤好啓さんは「トロッコ」のある点に注目します。

鉄道ジャーナリスト 加藤好啓さん
「鉄道っていうのはノスタルジーではないんですよ、夢なんですよ、希望なんですよある意味。子どもにとってわくわくするもの。廃線マニアという人がいる。廃線マニアは線路を歩くとかそういうのが好きだけど今回のようにトロッコというのは小さい子どもとかすそ野が広がる」

旧国鉄保養所 鉄っちゃんト鉄子の宿 郡山卓也オーナー
「(今後は)いろんな人とまた相談して、基本的には何かしら走れてこの風景をいろんな人に見せられる環境、写真とか動画じゃなくて実際にやっぱ体験した方がいいとは思う」


12月5日(月)「今日ドキッ!」