「あの子はみんなに好かれていたんだな」200人以上の友人らが葬儀に参列

友規さんは釣りが大好きで、この日も、翌週友人と行く釣りの下見に行った帰り道に、事故に遭いました。

事故現場にあった釣り道具(2024年9月)

母親:大学院生なので、私たちにどこへ行くかは言うわけではなかったです。その時は3連休で、本来なら私が車を使って主人の所へ行く予定でしたが、「車を使わせて欲しい」と言われたので、どこか行きたいのだろうなと。デートか遊びにでも行くのだろうと思い、「いいよ」と。目的は聞いていませんでした。

事故の後、娘に聞いたら、「ちょっとこれから釣りに行ってくるわ」と言っていたと。釣りの帰りだったというのは聞きました。

母親:子どもの頃から釣りはずっと好きでしたが、家族は誰も釣りに興味がなかったので、大学生になってから釣り好きの友達と本格的に始めたのが本当のスタートでした。

釣りが大好きだった友規さん(遺族提供)

いつもは釣り仲間と行くのですが、その一人が留学中で、次の週に札幌に帰って来るから、友達には「ちょっと下見を兼ねて偵察してくる」と言っていたようで、一人で行った帰りの事故だったと、後から聞きました。

その年のゼミ旅行のパンフレットは日程表も全部息子が作っていたと、後で先生から聞きました。みんなを喜ばせるために何かを準備して行動するのが好きだったんだと思います。

友達もすごく多かったです。お通夜とお葬式にあれほど人が来るとは思っていませんでした。もう、あんなに来るとは思っていなかったので、「あの子はみんなに好かれていたんだな」と思いました。200名以上はいらっしゃっていて、人が多すぎてあがることができなかった方もいたと聞いているので、もっと多かったのかもしれません。小学校、中学校、高校、大学の友人と、バイト先の人たちが来てくれました。

―――事故後、周囲の人たちからは、友規さんについて、どんなことを聞きましたか?
母親:あったことは何でも私に話す子だったので、息子の友人たちと「そんなことあったね」と思い返せるくらい共通の話題がたくさんありました。

本当にみんな「優しくていい子だった」と話してくれて。大学のゼミのお友達からも「とにかく優しくて」と。

後輩からは、「困ったことがあったら何かやるよ」と声をかけて色々教えてくれる、すごく頼りになる先輩だったと聞きました。みなさん、「常に気にかけて声をかけてくれる先輩だったので、悔しいです」と言ってくれていました。面倒見が良くて、困っている人を見ると、見過ごせない知らないふりができない子でした。