「神田明神」前のクランクの秘密 「巣鴨」の由来も

中山道を辿って北上し、秋葉原駅の近くへ。神田エリアに着くと、人工の神田川に架かる「昌平橋」が現れます。
(道マニア・荻窪圭さん)
「ここに昌平坂があったから『昌平橋』。採れたお米を神社に納めるための田んぼが、この辺りにいっぱいあった。だから、“神”の“田んぼ”で『神田』」

神田川を越えると、辿り着いたのは「神田明神」。
(道マニア・荻窪圭さん)
「江戸時代から続く老舗甘酒店『天野屋』の脇に入る道こそが本来の中山道」
鳥居横にある天野屋の脇に入ると、不可解なクランク状の道筋になっています。
(道マニア・荻窪圭さん)
「江戸時代の途中から、南にある『湯島聖堂』が広くなって、中山道は迂回するようなカーブの道になった。明治時代になって道を真っ直ぐにした」

さらに中山道を進み、「巣鴨」へ。道が2つに分かれます。
(道マニア・荻窪圭さん)
「斜めに入る『巣鴨地蔵通商店街』の道が本来の中山道。真っ直ぐに続いている方が新しい道。巣鴨には“菅(すが)”がいっぱい“生えている”低湿地があったから、“すが”と“お(生)”で『すがも』という説がある。江戸時代に、今の『巣鴨』の字になった」

商店街の人に聞くと、昔から中山道の道幅は変わっていないそうですが、人の流れを円滑にするため、歩道の拡幅工事が行われたとのこと。
その他にも、歴史的な景観を損なわぬよう電線を地下に埋める工事も施すなど、商店街をあげて中山道の雰囲気を残す街づくりが進められています。










