「私たちは『殺された』と思っています」
(幸司さんの姉)
私たちが再三申し上げているのは、これは単なる「事故」だとは思っていなくて、私たちは「殺された」と思っています。
携帯を見るという行為は、自分の意思でもって見ていると思うんです。それを単なる「ながら」という言葉で、今までもそういう言葉で、事故を起こしても済まされてきたとしたならば、国は本当にちゃんと考えていただかないと、この先もそれは許される行為だと思って通ってしまう。

いま法改正という形で検討されているかとは思いますけど、その中に取り上げられていないということ。それこそ最近あった1歳の男の子の事故も含めて、本当にそれが危険運転の中に含まれなくていいのかどうかというのも、もっと真剣に大学の教授の方などの資料をもとに考えていただかないと、また次も次も起こると思うんです。私たちみたいな被害者がどんどんただ増えていくだけ。
「車を運転する加害者は守られても、被害者たちは守られないまま終わってしまう」のではないかと思ってしまう。だから政治家の方々がもっと知見を深めていただいて、それが正しい判断なのかどうか検証していただきたいです。
亡くなったこの子たち、今まで亡くなったたくさんの人たちまで報われないんじゃないかと思います。認めていただくまでに何年もかかる、それで本当にいいのでしょうかというのは、遺族としてもすごく思います。











