過去何度も大火に見舞われて来た島根県松江市。宍道湖の上を風が吹き抜け、強風となるため、火が燃え広がりやすいという弱点があると言えます。
昔の地図を見ると、大火のたびに町並みが整備され、今日の姿に変わって来た様子が浮かび上がって来ました。
入江直樹 記者
「昔の地図を見ていたら、こちら東本町、トーホンチョーが載ってない上に、通りの形が全然違うんですよ。どうしてなんでしょうか。」
1927年、昭和2年の松江市街地の地図です。
松江を代表する繁華街、東本町(ひがしほんまち)、通称トーホンチョーがある所に、新材木町、末次魚町、鍛冶町などと聞き覚えがない町名が並んでいます。
さらに、東本町は碁盤の目のような整然とした街並みが特徴ですが、地図では狭い道が細かく、入り組んでいるように描かれています。
専門家に聞いてみると…
松江市・松江城・史料調査課・小山祥子 史料調査係長
「昭和6年にあった末次大火という大きな火事が理由になっています。この後の区画整理で今の町が出来上がっています。」
1931年(昭和6年)5月16日午後3時過ぎに発生した末次大火は、強風にあおられて燃え広がり、わずか3時間ほどで628戸を焼き、およそ3000人が被災する大火災になりました。
上空からの写真では、松江大橋北詰から東に焼け跡が広がっていて、今は埋められた漁師町川という水路でようやく火を押し留めたということです。















