事件後、警視庁の刑事が私の自宅を訪ねてきた。
順子さんの自宅の焼け跡から、私が送った手紙が見つかり、話を聞きに来たと説明した。

「この手紙はどういう感情で書いたのか」と尋ねられたことを覚えている。
警察の執念に驚くと同時に、捜査が行き詰まっているのではという不安も感じた。

警察は、同級生の自宅も訪れていた。
ともこさんは、自分が送った手紙を刑事に見せられた。焼け焦げたその手紙を見て、事件を実感し、改めて大きなショックを受けたという。
亮太さんも両親同席のもと話を聞かれた。聴取を終え自宅を出た刑事は、その後電話をかけてきて「恋愛感情はなかったか?」と確認したそうだ。

あらゆる可能性を視野に入れ、地を這うような捜査を続けてきたに違いない。ただ、容疑者は特定されないまま、時間だけが過ぎた。

私は2003年に新潟放送に入社し、警察担当の記者になった。
様々な事件を取材する中で、”時効”という言葉を聞くたびに、順子さんの事件を思い出した。
当時の殺人事件の公訴時効は15年。順子さんの事件の時効は2011年に迫っていた。