加茂川改修工事記念式典の挨拶から(1984年5月19日 収録)
だから今、濁沢のね、今日もやってるでしょ、180戸移転するかどうか。
あれ朝日川と大田川をとにかく。朝日川もそうなの、太田川もそうなんですよ。
地すべり地帯でしょ。
地すべり地帯だから、川を向こうへやるかどうかって。
わずか30戸から50戸の家を動かさないためにね、毎年毎年、冷や冷やしているじゃないですか。

これを加茂がやったんだから。それやったおかげでね、四の五の、四の五の、四の五の言ってたけどね、小千谷も加茂と同じくなれば…、結局600戸。
600戸の移転を飲んで、今工事どんどんやっきたじゃないですか。
やっぱりそういうことは、竣工式。
ただね、やあうまくいったと、ご苦労さんだったと一杯飲んでね、花火あげて、今日はまあ3尺玉があがるらしいですけど、それはいいことだ。
そういう意味でね、私、明後日、新潟交通の社長が死にましてね、それでまあ社葬があるんだ。そして明日は、小此木という通産大臣の息子の結婚式があるんだ。
実際に私が仲人やるもんだから、今日はいいでしょうって言ったんだけど、「ダメだ約束なんだから、15年前からの…」と。するとあの田上の町長がね…。
それでまあ、今すぐ汽車に乗ってまた帰るわけですが…。










