独特のダミ声とユーモアを交えた話術で聴衆の心をつかんで離さず、『演説の名手』として知られた田中角栄元総理。
BSN新潟放送に残る貴重な映像から、角栄節をよみがえらせました。

角栄が指摘した日本の将来は いま変わったのか?

今回は、1984(昭和59)年5月21日に開かれた、自民党県民の集いの壇上での熱弁をお届けします。

ロッキード事件で自民党を離党していた田中角栄は、自民党の“周辺居住者”を自称しながら壇上に立ち、当時マイナスシーリング(緊縮財政)が謳われていたなかでの持論を展開しました。

その内容は、無駄の削減を否定するものではなく、「10年間で予算は3倍以上になった」という現実を数字で示し、「パイを大きくする」ための公共投資だけが割を食う"配分の歪み"を鋭く突くものです。

さらには、膨らんだ貿易黒字を内需だけではなく海外への援助や投資に振り向けよという独自の構想や、「男女2人の間から2人しか子供を作らなければ、260何年後に日本人は1人もいなくなる」現代の少子化問題につながる話題など、多岐に広がりました。