田中角栄が新潟で語った“1000年先の日本” 【講演全文】
大変、昨日までは天気でございましたが、今日はやっぱり雪なんだ。
雨だ、雨だ、みぞれだ。みぞれは雪に…。
やっぱり我が郷土だ、という気持ちでございました。
(会場拍手)
しかし皆さん、私はここで一言だけ申し上げておきますが、『日本列島改造』という案は、これは私が公(おおやけ)にした本の名前でしかない。

(会場、笑いと拍手)
本の名前でしかない。
ただね、東京や大阪や名古屋や…というような太平洋側には、人が集まりすぎた。集まりすぎた。
東京から新潟まで新幹線ができれば、1時間半かからないでしょう。
私はまだ日本列島の改造第2部を書こうかと思っているが、そんな暇はないんだ。
(会場、爆笑と拍手)

第2部を書かなくとも、長期経済計画というものを経済委員会に諮問しておりますから、12月中には答申が出るはずでございます。
政府が、与党の機構が、この内容をこれから書いてまいるわけでございますし、(昭和)48年度の予算からこれを実行してまいるつもりでございます。
私は新潟県人でございますから、新潟県の実情はよく知ってるつもりです。
私自身がですね、長男でございまして、何も東京で死のうというふうに考えておらないんですから。
(会場、笑いと拍手)
もうあまり、政治の責任の地位になってからもまだ「出稼ぎ、出稼ぎ」などということを言うと、「どうも出稼ぎ根性では国の政治は…」なんていうことを言われては困りますから、申し上げませんけれどもね。

私はやはり、新潟県の実情というものは、代議士になって26年間、随分勉強してきたつもりでございます。
新潟県だけじゃありません。
今、過疎地帯だと言われておるような、東北や北海道や、日本海側地方、四国、南九州…。これはやっぱり“残された宝庫”だと思うんです。
残された宝庫。
こういうものに政治がメスを入れ、本当にこれから100年、300年、500年、1000年、生きる日本を描いていかなければならんと思います。

(会場から万雷の拍手)










