「水道・電気・畳も無料」鉱山にいれば生活に心配することはなかった

時代のあと押しを受けた上北鉱山。
集落に住む人は増えていき、1957年には3500人を数えるまでになりました。


野村さん一家が暮らしたのは、山腹を切り開いた場所にある集合住宅です。
通称“ハーモニカ長屋”と呼ばれ、1棟に6世帯が入り、台所とトイレは共用でした。
中学校卒業まで上北鉱山で生活 野村不二男さん(89)
「コメ・味噌・醤油は買うけれども、あとは全部無料。水道・電気・畳も(無料)。(生活は)なにも心配することない。鉱山にいれば」















