料理人である父親の背中を見て育つ

学生時代は野球一筋だった畠山さん。父親は料理人だった。
畠山 慎也さん
「おじいさんが旅館をやっていたんですよ。うちの父親がその跡を継いで、旅館を閉めて料理一本で、和食と定食屋みたいな店をずっとやっていました」
食に恵まれた環境のもと父親の背中を見て育ったこともあり、将来の夢は料理人だった。

畠山 慎也さん
「料理人になりたいと思ったのは小学生ぐらいですね。それ以外の選択肢がなかったという感じ。父も亡くなるまでずっと仕事現場に立ち続けて、1つのことをそれだけ続けられるという事は尊敬できるところかなと思います」
高校卒業後は料理人になるため、父親が働いていた神戸市へ。料亭に住み込みで、朝から晩まで働いた。

畠山 慎也さん
「住み込みだったんですけど、部屋の広さが1畳半だった。日が昇る前に店入って仕事は夜中までなので、外の天気もわからない状況。料理を覚えることに必死だった」

2年が経った頃、あまりのつらさに心が折れて、その店から逃げ出してしまう。