東大大学院でマジック史学んだ「異色のマジシャン」 

マジックとの出会いは保育園。披露したのは園長先生だった。すっかり魅了され、数年後、小学生の時には、すでに、舞台に立っていた。

■金盛友哉さん
「初めて目にした園長先生のマジックは、折りたたんだハンカチの中から、本物の卵が次々と出てくるというものでした。とても感動して、そこからマジックまっしぐら。小学生になるともう舞台に立って、マジックを『見せる側』になっていました」

小学生時代の金盛さん

そんな彼は、「異色のマジシャン」と呼ばれている。大学卒業後に渡米し、カリフォルニア州にあるプロマジシャン養成学校に入学。帰国後は、東京大学大学院で日本の手品の歴史を学んだ。「プロになるからにはまずは歴史を知ること」そんなこだわりがあった。

その後、やなせたかし記念館の学芸員として高知に移住した。現在は、プロマジシャンとして独立。高知県香美市を拠点に国内外で活躍している。Tokyo Tomo(トーキョー トモ)というマジシャン名は、アメリカの養成学校時代の先輩が、海外でも覚えてもらいやすいようにと名付けてくれた。

金盛さんが目指すのは、古典マジックを現代によみがえらせ、独自のアレンジを加えた唯一無二のマジックだ。スケールの大きい舞台マジックを得意としている。

■金盛友哉さん
「マジックの歴史を学んできたので、ベースはやはり古典です。先人たちは『マジックの神様』。尊敬の念を込め、感謝しながら、これからも、自分にしかできないマジックを追求していきます。マジックは奥が深いのでまだまだ山の頂上は見えません。でもそれが魅力で、一生かけて極めるものだと思います」