パレスチナ自治区ガザの病院で支援活動にあたっていた日本人看護師が17日会見し、現地の医療従事者らは我が子が重傷で病院に搬送されたり、死亡したりした状況でも働き続けなければならなかったと語りました。

大阪赤十字病院 川瀨佐知子 看護師
「私たちは本当にミゼラブル(惨めで不幸)だということを、彼(ガザの医療従事者)は涙ながらにずっと訴えていました」

大阪赤十字病院の川瀨看護師は、日本赤十字社による医療支援事業として今年7月からガザ北部のクッズ病院で支援活動を行っていましたが、戦闘の激化を受け今月5日に帰国。会見では現地の医療従事者が直面する困難な状況を説明しました。

大阪赤十字病院 川瀨佐知子 看護師
「(同僚の医師が)運ばれてきた患者さんを見た時に自分のお子さんということに気づいたようで。1人はすでに亡くなられていて、もう1人は重傷で。それでも働き続けなければならない状況。どんどんその後も患者さんは来るので」

川瀨看護師自身は先月13日に南部ラファに退避。その後もクッズ病院に残るスタッフとは連絡を取り続けましたが、現地では燃料と電力不足のため、懐中電灯の光を頼りに治療にあたっていました。当初は「大丈夫だ」と話していたスタッフも、助ける術のない状態で搬送される患者が大勢いたため、徐々に疲れが見えたとしています。

病院の患者とスタッフらは今月14日、南部への退避を行いましたが、燃料がないため車を使えず、患者を抱えて十数キロ歩くこともあったということです。川瀨看護師は現地の声を伝えることが自分にできることだとしたうえで「私たちはこの歴史的な悲劇の傍観者であってはならない」と訴えました。