シリーズ「現場から、」。第二次世界大戦後、アメリカ兵と結婚して海を渡った「戦争花嫁」と呼ばれる日本人女性たちは、差別に直面しながら支え合って生きてきました。今、何を思うのか、取材しました。
アメリカ・ラスベガスで行われた「日系国際結婚 友の会」。集まったのは、第二次大戦後、進駐軍のアメリカ兵と結婚し海を渡った「戦争花嫁」と呼ばれる女性たちです。全米から参加していました。
戦後に米兵と結婚した女性
「『ジャップ(日本人の蔑称)か』と聞かれたから『I'm Jap』って言ったら、『You Go Home(国へ帰れ)』って(言われた)。とても悲しかったよ」
4万人を超えるといわれる「戦争花嫁」。日本人への差別が残る戦後のアメリカを支えあって生きてきました。
ほとんどが80代から90代になり、今回が最後の集まりとなったのです。
参加者の一人、恵子・ジョンソンさん(87)。黒人兵士と結婚した戦争花嫁です。
恵子・ジョンソンさん
「私が書いたのが1955年ですって。『ダーリン』ですって」
恵子さんが英語を学んでいた兄から黒人兵士のアルバートさんを紹介されたのが1951年。アルバートさんの帰国後も手紙で連絡を取り合い、1960年に結婚しました。
恵子・ジョンソンさん
「結婚した時、おめでとうなんて言う人は一人もいませんでしたよ」
周囲の反対を押し切り、渡ったアメリカでは。
恵子・ジョンソンさん
「黒人と日本人の妻がいるとなると、家が探せなかったんですよ。アルバートが本当にワーワー男泣きに泣いたのを今も忘れません」
結局、借りられたのは倉庫を改築した10畳ほどの場所だったといいます。
3人の子どもに恵まれましたが、夫は趣味に金を注ぎ込み、生活は苦しいものに。恵子さんは子どもを連れて帰国しようとも考えましたが。
恵子・ジョンソンさん
「半分黒人の血が混ざっている子を日本に連れて行って、あの子たちがすごく苦労するだろうなって思って。そうするとまた泣けてきちゃって」
結婚10年後、夫は突然家を出て行き、離婚。職業学校に通い、女手ひとつで子どもたちを育てあげました。
恵子さんの長女
「母親はちゃんと私たちのことを見てくれていたから、貧しかったことも知らなかったわ」
アメリカに渡った時も、帰国を考えた時も、偏見に翻弄されてきた恵子さん。人種に対する差別や偏見がなくならない現状について思うことは。
恵子・ジョンソンさん
「誰でも偏見というのはあるんですよ。偏見というのはプリジャッジメント(先入観)で間違いが多いわけですよ。私たちが知らないでいる(こと)、それをプリジャッジしてはいけないんです」
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