戦線を離脱していた桐生祥秀(27、日本生命)が、完全復活を懸けて中国・杭州を走る。9月29日から10月5日に行われるアジア大会陸上競技。8月の世界陸上ブダペストで活躍した選手も多数出場するが、ケガで世界陸上代表入りできなかった男子100mの桐生への注目度も高い。17年に日本人選手初の9秒台(9秒98、現日本歴代3位タイ)をマークし、高校3年時に10秒01で走って以来、周囲からかけられ続けて来た期待に応えた。その桐生がベテランの域に近づき、新たな境地を開拓しつつアジア・ナンバーワンの座に挑む。

19年世界陸上ドーハ大会以来の100m代表

桐生にとって日本代表の試合は4×100mリレーで出場した21年東京五輪以来、100mの代表試合は19年世界陸上ドーハ大会以来となる。今季に限っても桐生は、5月のゴールデングランプリ(GGP)で左脚大腿部を肉離れ。9月12日の東海大記録会で復帰したが、まだ試運転の状態だ(10秒45・+0.2)。9月第4週の全日本実業団陸上は予選を10秒20(+0.7)で走り、「50~60mのトップスピードを確認できた」(桐生)ため決勝は棄権したが、アジア大会が本格的な復帰戦になる。

「5月の木南記念(10秒03・+0.7)の後、7月に(世界陸上ブダペストとパリ五輪の)標準記録の10秒00を切るチャンスはあると思っていました。その予定が崩れてしまったので、アジア大会では記録(10秒00)を出すことが目標の1つになりますが、久々の国際試合で自分の走りがどれだけできるのか、そこも楽しみですね」

今季の男子100mアジア・リストを見ると、サニブラウン・アブデル・ハキーム(24、東レ)の9秒97(+0.3)がトップで、栁田大輝(20、東洋大2年)の10秒02が2位、そして桐生の10秒03が3位、謝震業(30、中国)の10秒05が4位である。もう1人の日本代表の小池祐貴(28、住友電工)が10秒11(+0.4)で7位タイ。謝以外の外国勢はM.A.ファーミ(19、マレーシア)も10秒11(+1.3)、I.ラーマン(30、バングラデシュ)も10秒11である。

桐生が9秒台スプリンターの力を発揮できれば金メダル有力だが、回復が不十分なら混戦となるだろう。桐生自身は、「ライバルとかより自分がどうか」だと考えている。

「僕のシーズンは一度、5月のケガで途切れてしまったんですよ。ゼロにはしたくありませんが、ジョギングくらいから再スタートしたことで、冬期練習を終えたような体になってしまった。だから10秒03という(シーズンの)持ちタイムは考えず、現状で何秒の走りができるのか、ワクワクしながらラウンドを重ねていくのがアジア大会になると思います」

高校3年時の13年世界陸上モスクワ大会から、丸10年間の国際経験を積んできた桐生。だが今回は、いつもとは違った位置づけの国際大会となる。

故障明けでも桐生なら記録が出る可能性

今年5月のケガとは別に、桐生は昨シーズン休養期間を設けた。22年6月の日本選手権は6位だったが、世界ランキングで世界陸上オレゴン大会の代表に入ることができた。だが、「陸上人生でこれから何がやりたいのかしっかりと考える時間を作る事にしました」(SNS掲載原文)と、休養を宣言。日本選手権以後のレースに出場しなかった。

通常とは違う形でブランクが生じる形になった。トレーニングや陸上教室などの活動は昨年9月に再開。自身のYouTubeで「来年のどの大会を狙って行くかは決めていませんが、陸上を楽しみながら山縣亮太(31、セイコー)選手の日本記録、9秒95を超えたい」などと今季への抱負を話した。そして今年3月に豪州で10秒48(-1.0)、4月の織田記念で10秒29(+0.5)、5月の木南記念で10秒03(+0.7)と、順調な復調プロセスを歩んだ。

だが前述のように5月21日のゴールデングランプリで肉離れをしたため、6月の日本選手権は欠場を余儀なくされた。織田記念と木南記念は予選と決勝の2本を走ったが、桐生の中では「(1試合)1本の想定しかしていなかった」という。ラウンドを重ねる部分に本気で取り組むのは、国内では日本選手権と想定していたのだろう。

「8月に故障が治ってからここまでの1カ月半、量も質もという練習をやってきましたが、それでもラウンドを重ねる試合はやってみないとわかりません。予選、準決勝、決勝と重ねていく中でどのくらい行けるか、がアジア大会の一番の課題になります」

前述のように、10秒00のパリ五輪標準記録が目標になる。それと一見矛盾するが「現状で何秒になるか」にも、ワクワクしている。両方の気持ちが桐生の中に存在しているのだ。

記録についてはこれまで、動きのタイミングをつかめば、桐生は一気に記録が上がるタイプだった。9秒98を出した17年日本インカレ決勝も、準決勝は10秒14(+2.4)で、決勝を欠場することも少し考えていた。10秒03を出した今年の木南記念も、1週間前の織田記念は10秒29だった。

今回もアジア大会前に東海大の記録会、全日本実業団陸上を走り、アジア大会本番でも予選、準決勝、決勝と3本走る。タイミングがとれてくれば、ラウンドを重ねる中で記録がポンと出る。“桐生パターン”が見られる可能性は、いつもと同じようにある。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)