9月19日は、愛媛県松山市出身の俳人・正岡子規の命日です。
市内では追悼の集いが開かれ、参加者が偉大な俳人の面影を偲びました。
1902年9月19日、34歳という若さで亡くなった正岡子規。
辞世の句として、”ヘチマ”にまつわる3つの句を詠んだことから、命日は「糸瓜忌(へちまき)」と呼ばれています。
松山市内で開かれた19日の追悼の集いには、子規の妹の孫にあたる正岡明さんや、「松山子規会」の会員など、130人あまりが出席しました。
中ではまず、裏千家淡交会松山支部の淺井宗直副幹事長が献茶をしたあと、代表者が祭壇に花を手向けました。
また、市内を中心に演劇活動をしている渡部和也さんが、残っている記録をもとに一人芝居を披露。
晩年、病床に伏せる子規が、母や妹の世話をしていた弟子・碧梧桐(へきごとう)への感謝を語る様子を再現しました。
(正岡子規)
「碧梧桐の姉君やら奥方らが、再々顔を出してくれるんよ。母上もいつも大喜びよ」
参加者たちは、偉大な俳人の遺徳や面影を偲んでいました。
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