無関係の漁船を巻き込んだ"水爆実験"

焼津市浜当目の弘徳院にあるビキニ事件の犠牲者、久保山愛吉さんの墓です。
1954年3月、アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験は、無関係の多くの漁船を巻き込みました。
焼津港所属のマグロ漁船、第五福竜丸の乗組員23人は放射性降下物「死の灰」を浴び、久保山愛吉さん(享年40)は被ばくから約半年後に放射能症で亡くなりました。
ビキニ事件から69年が経ち、ほとんどの乗組員が亡くなりました。2021年に亡くなった元乗組員大石又七さん(享年87)。700回以上の講演を行い、核兵器の恐ろしさを伝え続けてきました。

<第五福竜丸 元乗組員 大石又七さん(当時79)>
「がんになったり、子どもが不幸な形に生まれたりと非常に悲しい経験をしましたけど、黙っていたのでは、またきっと同じような被ばく者・被害者が出るだろうと」














