昨年の世界陸上オレゴン女子やり投銅メダリストの北口榛花(25・JAL)が、最高の形でシーズンインした。4月29日に行われた織田幹雄記念国際(エディオンスタジアム広島)に、64m50の今季世界最高記録で優勝。8月の世界陸上ブダペスト大会代表入りの内定基準をクリアしただけでなく、完全に世界トップレベルに定着していることを実証した。5月6日の木南記念(大阪・ヤンマースタジアム長居)、同21日のゴールデングランプリ(神奈川・日産スタジアム)で、自身の持つ日本記録(66m00)更新も期待できる。

デービッド・シェケラックコーチが1投毎にチェコからアドバイス

北口の5投目のやりが、雨をものともせずに伸びた。大会記録の62m83の黄色のラインと、自身の日本記録66m00のオレンジ色のラインの中間に突き刺さった。

問題は63m80の、世界陸上ブダペスト参加標準記録を越えているかどうか。
昨年の世界陸上オレゴン入賞者は、標準記録を突破すればブダペスト大会代表に内定する。フィールドに置かれた電光掲示板に64m50の数字が表示され、北口の3大会連続代表入りが決まった。

マラソン、競歩以外のトラック&フィールド種目では、北口が代表第1号である。「自分が思っていたより飛んで、ビックリしています」というのが北口の偽らざる気持ちだった。

北口の6回の試技は以下の通り。

1投目 59m01
2投目 ファウル
3投目 63m45
4投目 60m37
5投目 64m50
6投目 61m58

「1投目から59mを投げることができてホッとしました」と話したのは、過去のシーズン初戦がそのレベルだったからだろう。5回目の64m50の投てきは「できるだけ速く動くように修正した」という。

投てき種目と水平跳躍種目(走幅跳と三段跳)は、6回の試技の中でどう動きをアジャストするかが重要になる。この日はスタッフが試技毎に、チェコにいるシェケラックコーチに動画を送り、北口は1投毎にアドバイスを受けていた。

「1投目はいつも通り何も考えずに投げて、2投目はコーチから全体をもっと速くするように言われたんですが、速くしようとしたら体が左に倒れすぎてしまいました。やりと体が離れて、“サヨナラ”って感じでしたね。3投目はもうちょっと捻るよう言われて、(やりを引く際の)最後のところだけクっと捻るように修正しました。4回目は遅く走ってしまい、5回目はマックスのスピードで行ってください、って言われたので、できるだけ速く走って投げて(記録が予想以上に伸びました)。6投目はもっと速く走ろう、もっと前に出ようと思ったんですが、あんまり出られずに終わりました」

昨年の世界陸上では試技中に言い合いをした北口とシェケラックコーチだが、銅メダルが決まったときは抱き合って喜んだ。2人のコミュニケーションは、その頃よりもさらに深くなっているのかもしれない。「今季はスロースタートになる」と宣言していた北口が、シーズン初戦から今季世界最高記録を出したことが、その可能性を示している。

完全に世界トップレベルに定着

織田記念の64m50は今季世界最高ではあるが、トラック&フィールドはシーズンに入って日が浅い。世界的にも(特にヨーロッパは)大きな国際大会が行われるのはこれからだ。だからといって、価値が低いわけではない。

4月の最高記録(過去10季)

過去10シーズンの、4月にマークされた女子やり投の最高記録は、ヨーロッパで出た記録は1個だけで、残りは南半球3個、中国4個、米国1個、日本1個という内訳になる。気候が温暖な地域やレベルが高い国で出されている。織田記念の北口の記録は7番目で特に高いわけではないが、世界レベルであるのは間違いない。

世界陸上の銅メダリストなのだから当然ともいえるが、昨年のダイヤモンドリーグ最終戦3位に続き、北口が世界トップレベルを維持していることを実証した。その記録を日本の競技会で見られたことを、陸上ファン、関係者は喜ぶべきだろう。

もちろん、織田記念をピークにするつもりはない。

「まだ完璧に動けている感じではありません。ここから体がしっかり、綺麗に動くようになったときがすごく楽しみです」

8月の世界陸上ブダペストの目標を問われ、次のように答えた。

「メダルをまた取れるように、今度は銀、金と良い色が取れるように頑張って行きたい」

昨年の世界陸上オレゴンは、本番前に標準記録を突破していない状態で出場した。北口自身メダルではなく、入賞を目標にしていた。それに対してブダペストは、メダルを狙って取りに行く。織田記念はそのレベルに定着していることを、日本の陸上ファンに改めてアピールした一投だった。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)