世界陸上ブダペスト選考競技会の日本選手権35km競歩が4月16日、石川県輪島市の1周1kmコースで開催された。男子は野田明宏(27、自衛隊体育学校)が2時間23分13秒、女子は岡田久美子(31、富士通)が2時間44分11秒と、ともに日本新記録で優勝。世界陸上派遣設定記録も突破して代表に内定した。男子では昨年の世界陸上オレゴン銀メダルの川野将虎(24、旭化成)も、3位に入ったことで代表内定。男子2位の丸尾知司(31、愛知製鋼)と女子2位の園田世玲奈(26、NTN)も派遣設定記録を突破(園田は今大会以前にも突破済み)し、代表入りが有力になった。
また、女子35km競歩にオープン参加した劉虹(35、中国)が2時間38分42秒の世界歴代4位、アジア新記録をマークした。

園田のペースアップに「ビックリした」岡田だが32kmから逆襲

岡田は20km競歩の日本記録保持者で、19年世界陸上ドーハでは6位に入賞した選手。だが35km競歩は今回が初挑戦だった。「近年、(20km競歩の)記録が伸びていませんでした。頭打ちだな、と感じて、キャリアの最後に新しいことに挑戦しよう」と決断した。

“初”という部分がプラスに働いた。

「色々と考えるより園田さん、劉さんから勉強させていただこう、と思ってスタートラインに立ちました。上手く運べたら20kmまでは(練習の)ペース歩の感覚で歩き、30kmまでは少し頑張って、最後の5kmは少しペースが落ちても頑張る。そういった展開を考えていました」

実際、岡田の描いたイメージに近い形でレースは進んだ。劉には大きく先行されたが園田と2人で集団を形成し、岡田が胸ひとつ前でレースを進めた。4分46~47秒(/km)を要する周も何度かあったが、4分40~45秒と日本記録(2時間45分09秒。園田の世界陸上オレゴン9位のときのタイム)更新が期待できるペースで歩き続けた。21km前後で園田が前に出た。23km以降は4分40秒を切り、25~28kmは4分30秒台前半の速さまで上がった。

「園田さんが思い切りペースを上げた25kmは、ちょっとビックリしました。とにかく付いて行こう、としか考えられませんでしたが、4分32~33秒で残り10kmを歩ききるのは2人とも厳しかったです」

優勝した岡田選手

28km以降は4分30秒台後半に、31kmからの1kmは4分40秒までペースが落ちた。そこで岡田がスパート。33kmまでを4分35秒に上げて園田を一気に引き離した。
岡田のフィニッシュタイムは2時間44分11秒、2位の園田も2時間44分25秒と、園田がオレゴンで出した2時間45分09秒の日本記録を上回った。

「苦しい姿を一番近くで、一番長く見てきました」と森岡コーチ

岡田を指導するのは富士通の今村文男競歩ブロック長と、森岡紘一朗競歩ブロックコーチ。森岡コーチは岡田の夫でもある。岡田のフィニッシュを見届けた森岡コーチの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「苦しい姿を一番近くで、一番長く見てきました。キャリアの最終章が近づいて来ているなか、(種目もトレーニング方法も)今までのものを貫き通すか、新しいものにチャレンジするかで悩みました。新しいものをやることで今まで見えなかった可能性が見えてきたり、20km競歩に良い影響も期待できたりしてきましたが、新しい種目なので目標設定の難しさも大きかったんです。今村さんも一緒に考えてくださり、結果が出て今回の選択が間違っていなかった、と思うことができました。安堵の気持ちと、もう一度頑張ろうという気持ちと、複雑に入り交じった感じです」

岡田は前述のように、19年までは20km競歩で日本の第一人者だった。5000m競歩、10000m競歩など距離が短いジュニア時代から世界で活躍し、そのスピードを生かして「押して行くこと」(森岡コーチ)が特徴だった。20代後半まではそのスタイルで結果を出してきたが、近年はレース終盤でペースが落ちることも多くなった。見方を変えれば「長い距離に積極的に取り組んでこなかったことが課題」(同コーチ)でもあった。

今年2月の日本選手権20km競歩では2位(1時間31分21秒)に入ったが、自身の日本記録(1時間27分41秒)との開きが大きく、ブダペスト世界陸上の派遣設定記録(1時間28分30秒)にも参加標準記録(1時間29分20秒)にも届かなかった。

35km競歩への挑戦を決め、「初めて35kmの練習を行った」(岡田)。森岡コーチは「無理かな、と思ったことはなかった」というが、スピードを軸脚置いて距離を延ばしてきた選手が、長い距離や時間を歩くことへのストレスは大きい。長く歩くことに耐える体作りも必要で、地味なフィジカルトレーニングも根気強く行う必要があった。

さらに、目標設定が難しかった。初めての35kmでどのくらいのタイムを出せるのか。目標タイムが決まらないと、練習でのタイム設定もできない。つまり、練習に対してどのくらいの力を入れ、疲れをコントロールするべきか、イメージしにくかった。そこの悩みも大きかったようだ。

だが、「最初は長い距離に取り組むだけ、参加標準記録(2時間51分30秒)が突破できればいいかな、でしたが、やっていく過程の中で派遣設定記録(2時間46分00秒)までたどりつくかもしれない」(森岡コーチ)と考えられるようになってきた。

岡田陣営にとってよかったのは、園田が出場することだった。昨年の世界陸上オレゴン9位と、世界レベルで戦った選手。2時間45分09秒の日本記録保持者でもある。35km競歩は50km競歩の距離が変更になり、昨年から主要国際大会で始められた歴史の浅い種目。日本記録更新の可能性は高い。

「結果はわかりませんでしたが、チャレンジャーとして取り組むことも、すごく価値がありました。園田さんが出場されても、優勝して派遣設定記録を突破する(=世界陸上ブダペスト代表に内定)ことを目標としました」(同コーチ)

岡田陣営は「準備万端というよりも少し余白を残した練習」で臨んだこともあり、目標にかなり幅を持たせていたが、「マックスに近いところの結果」(同コーチ)になった。