大陸に残された女性たちの厳しい体験を、証言や資料で伝える

新宿区にある「帰還者たちの記憶ミュージアム」で、「遠すぎたふるさと 大陸で敗戦を迎えた女性たち」という企画展が開催されています。この資料館は東京都庁ビルの隣、新宿住友ビルの33階にあり、年間約4万人の来館者があります。

1945年(昭和20年)8月15日は太平洋戦争終戦の日です。この日、日本は対戦国に対して降伏を表明しましたが、その後、すぐに帰国できず中国大陸に残された民間人が数多くおり、中には当然、大勢の女性もいました。「大陸で敗戦を迎えた女性たち」は残された日本人女性たちがどれだけ厳しい体験をしたかについて証言や資料などで伝える企画展です。

1930年代後半から40年頃にかけて、満州、現在の中国東北部に多くの日本人が渡り、終戦時には約155万人といわれる民間人がいました。そのうち女性は軍隊の病院で働く従軍看護婦、満州にある日本企業で働く女性のほか、農業開拓民の妻や娘たちがいました。開拓民の数は約27万人と考えられています。

終戦間近になると男性の多くが戦地に動員され、開拓地には女性と子ども、老人ばかりが残ります。そこにソ連軍の侵攻があり、また日本人の強引な農地取得に反感をもっていた現地住民からの襲撃も起きました。帰国できず、襲撃からの避難が続き、食べ物がない、寝る場所もない、守ってくれる人がいないなど、過酷な日々が続き、生きるためやむをえず現地人の妻になったり、子どもを現地に残してきた母親もいました。

残された子どもたちは、「残留孤児」と呼ばれ、1970年代以降に民間や政府による肉親探しや帰国が始まりました。そうした開拓民女性のほかにも従軍看護婦のなかにシベリア抑留を経験したり、中国の軍隊に留用され仕事を続けた人たちもいます。

企画展はそうした女性たちの体験を証言や当時の写真・手紙、身につけていたものなどの展示で伝えます。当時20代だった女性の証言が多く、彼女たちの体験は兵士とは別の過酷さがあったと分かります。

「帰還者たちの記憶ミュージアム」学芸員、山田真結さんに企画展の意図を聞きました。

『まずは戦争が起こるとより弱い立場の女性や子どもたちに被害が大きく出ると知ることで、戦争をしてほしくないという思いを強く持ってほしいというのがあります。なぜ女性をテーマにしたかっていうのは、私は一時、東京都人権啓発センターに在籍していたんですが、その時にたくさんの困り事を抱えていらっしゃる女性たちにお会いして、これって今始まった問題ではない、根深い過去がありそうだというのを、知れば知るほど感じていたんですね。それもあって、いつかは資料館で戦争と女性をテーマにした展示をやりたいと思っていました。』(「帰還者たちの記憶ミュージアム」学芸員・山田真結さん)

終戦後に大陸に残された女性の被害は、これまであまり語られてきませんでした。女性の場合、子どもを置き去りにした、死なせてしまった、現地人の世話になったなどを公言すると偏見を持たれたり、差別される怖さがあって言えず、胸にしまったまま亡くなる方もいて、証言自体が少ないようです。

また、女性には性的な被害を受けた人もいます。そうした女性たちは証言すると、守られるのではなく、逆に非難され、差別されることを恐れて傷を抱えたまま過ごし、亡くなったケースもあるようです。