「やれるだけでいい」女性が長く働くと思われなかった時代の覚悟

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――ご主人も検察で同期と伺いましたが、出会って結婚された経緯は

(住田 裕子さん)
「もう簡単な話です。検事の同期の前に、同じ司法研修所が2年間あります。そのときの同じクラスで、様々な接点がありました。よくある、半径50メートル以内の職場結婚です」

検事や大臣の秘書官など最前線で活躍してきた住田さんですが、女性としてキャリアを築いていく上で、当時はまだ厳しい時代だったと振り返ります。

(住田 裕子さん)
「残念ながら、女性が、職場、大学もそうですが、珍しいところばかり歩んできたので...もちろんそれで潰されることもありますが、たまたま生き残ってくると、職場でも珍しい女性の一人になりました」

「(検事として)10年間、私は、ドサ回りを続けたんですね。夫が、エリートだったもんですから、東京とか華やかなとこに行って、私はその周辺の支部なんですよ。なんとか地検の支部なんですね」

「『ドサ回り検事』と言って、2か所も支部に行ったら、普通は出世の見込みがないから辞めるのですが、私、3か所も支部行ってますから」

「(配属された支部は)土浦と川崎と、それから堺と。最初は堺から支部ですから」

「要するに女性が、長く、私の場合ですね、勤めるって誰も思ってなかった時代なのです。これで7年、8年やっていて、一生ドサ回りをやるんだろうと」

「でも、検事はどこに行っても、事件の質は同じですから、私はこれでいいと思ってたんです。やれるだけでいいと思ってたんですね」