マサフミの死「体から真っ赤な血がどんどん流れて…あいつがどんどん軽くなって…冷たくなって…白くなって…」

水谷さんはシンナー中毒だった教え子「マサフミ」の死と「水谷先生、あんたが殺したんだよ」と語った薬物依存症の専門医の言葉について話した。

1991年6月25日午前2時、マサフミは自宅近くの公園で仲間2人とシンナーを吸い、フラフラになってダンプカーに飛び込んで即死した。
病院の処置室で、水谷さんはマサフミの体を抱いて洗った。

水谷修さん(夜回り先生)
「あいつの体からありとあらゆるものが真っ赤な血がどんどんどんどんどんどん流れてって、あいつがこの手の中でどんどん軽くなって、どんどん冷たくなって、どんどん白くなって」


頭を潰されていたマサフミの顔を、水谷さんは医師や看護師と一緒に形を整え、包帯を巻いて母親に会わせた。