口にしたのは、わずかな湧き水と果物や葉っぱ、虫
飢え、病、ゲリラ兵…孝雄さんは隊列についていけなくなり、単独行動になりました。口にすることができたのは、わずかな湧き水と、パパイヤなどの果物や葉っぱ、イモの蔓(つる)、虫。
この頃すでに終戦を迎えていましたが、平井さんに詳しい戦況を知る術はありませんでした。
(平井孝雄さん)
「今日が何日やら何曜日やら、何月やら(分からない)。誰も知らんフィリピンの山の中で行方不明になったような形で家族は(私が)死んだことが分かるんだ…と思ったりして」
死を覚悟した、その時。動けなくなっている孝雄さんに、ある人が声を掛けました。
(平井孝雄さん)
「6人家族だった。通り道だった。私がおったから、寄ってきて」
当時敵対する立場にあったフィリピン人の一家でした。警戒する平井さんに、無言で食糧を差し出したといいます。
平井さんは、現地の人にとって当時は珍しかった写真と、一家が持っていたショウガの塩漬けを交換。不足していた塩分を補い、一命を取り留めました。














