酒蔵に立ち上る白い湯気。ここは福島県浪江町にある鈴木酒造店。江戸時代から約200年続くこの蔵で、社長の鈴木大介さんは、浪江の米を使った酒造りに感謝の念を込めて取り組んでいます。

「浪江町って、一時、まあ全域避難になっていましたから。そこでできたお米っていうことで、環境に感謝しながら、お米をこう触ってお酒にしていこうっていう、もうそういう気持ちですかね。もう大事に扱っていこうという気持ちでやってます」

津波で全壊、酵母が繋いだ酒造りの魂

かつて鈴木酒造店は、「日本一海に近い酒蔵」として知られ、浪江町の沿岸部、請戸(うけど)地区に蔵を構えていました。しかし、津波によって酒蔵は全壊。その後、町全域に出された避難指示により、鈴木さんは故郷を離れることになります。

避難先の山形県長井市で酒造りを再開したのは、2011年12月のことでした。復活の大きな支えとなったのは、震災前に研究機関に預けていた「浪江の酵母」が奇跡的に残っていたことでした。

「やっぱり自分の仕事っていうか生きる場所は、この酒造りなんだなっていうのは強く感じて。日本酒っていうのが人を前に進ませる力があるんだっていうのを、まあ実感してきてますんで」

海の男酒として愛されてきた銘柄「磐城壽(いわきことぶき)」は、こうして守られたのです。

10年目の帰還 新たな挑戦が始まる浪江蔵

震災から10年後、鈴木酒造店はついに浪江町での酒造りを再開しました。道の駅に併設された新しい蔵には、1年を通して酒造りができる最新の設備が導入されました。

「酒造りってやはり、冬の寒い時期やるものだったんですけども、お客さんたち大勢いらっしゃいますんで、もう夏の間も酒造りをもう見せておこうっていうことで、この四季醸造が一番の特徴になっています」

浪江蔵のもう一つの特徴は、少量多品種の生産体制です。季節ごとに新しい酒に出会える楽しさを提供しています。また、その小回りの利く設備を活かし、他の市町村からの酒造りを受託製造する取り組みも行っています。

「浪江と同じように、避難を余儀なくされた市町村が近隣にこうありますので、例えばその隣の町のお米を使って酒造りをすることで、そういった町おこしのお手伝いみたいのできればいいなっていうことでやっております」

さらに、浪江の米と水を使った低アルコールの日本酒開発など、新しいチャレンジも進めています。アルコール度数を一般的な15度台から8度台に抑えることで、これまで日本酒に馴染みのなかった人々にもその魅力を届けようとしています。

「今まで日本酒がアルコール高いっていうことで手が伸びなかった人たちも、まあ伸ばしてもらおうと思って作ってるお酒ですかね」

山形の長井蔵では熟成型の酒を、そして浪江蔵ではフレッシュで実験的な酒をと、特徴の違う2つの蔵を持つことで、酒造りの可能性は大きく広がっています。

浪江の米で日本一へ 描く未来

浪江での酒造りに使う米は、町内の酒田地区で栽培されたコシヒカリです。この地区では2014年に稲の試験栽培が行われ、安全性が確認されています。

「コシヒカリって、食べるお米でお酒作るのっていうご印象を持たれるかと思うんですが、結構自分たちずっとこの蔵ではコシヒカリをメインでこう使っていて、何気に美味しくできる。農家さんがほんとに自信を持って作ってくれてるお米なので、食べるお米で浪江の美味しさっていうのを、コシヒカリで表現したいなと思って作ってます」

今年、鈴木酒造店は全国新酒鑑評会で10回目となる金賞を受賞しました。受賞したのは、山形県の長井蔵で、長井市産の米を使って仕込んだ「磐城壽」です。

鈴木さんは、長井蔵と浪江蔵の両方から出品していました。浪江のコシヒカリで造った酒は惜しくも金賞には届きませんでしたが、鈴木さんは農家と共に受賞を喜んだと言います。そして、今、どうしても叶えたい願いがあります。

「もし浪江で取れたら、その喜びの大きさって、もう多分比じゃないだろうなっていうふうに思ってます。ダブル受賞っていうのはほんとにこれから目指して、はい」

あの日から15年。地酒「磐城壽」が日常に溶け込んでいた請戸の町は、もうありません。それでも、浪江で酒造りを続けていくことに意味があると、鈴木さんは信じています。故郷の誇りを胸に、その挑戦はこれからも続きます。

『ステップ』 
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2026年7月17日放送回より)