■事件の経緯とこれまでの裁判

この事件は、1993年(平成5年)1月13日、新庄市立明倫中学校(当時)の体育館内で、男子生徒が体操用マットの中心部の空洞に頭部から逆さに押し込まれ、そのまま放置されて死亡したものです。事件後、元生徒7人が傷害と監禁致死の容疑で逮捕・補導されました。

遺族が起こした民事裁判では、2005年に7人に対して合計約5760万円の損害賠償の支払いを命じる判決が確定しました。しかし7人からの自発的な支払いはなく、遺族は給与の差し押さえなどの強制執行措置を取りました。

そのうち4人からは一部回収できたものの、残りの3人については勤務先が不明などの理由で十分な措置が取れませんでした。

損害賠償請求権の時効(10年)が迫るたびに遺族は提訴を重ねていて、今回が3度目の裁判となっていました。