悩み苦しんだ過去 中学3年生
音楽学級を選んだ、王雅(おうが)さんです。希望中学校にやってきたのは、2年生の12月。3年生から始めたトランペットは、王雅さんが変わる大きなきっかけとなりました。

(王雅さん(中3))
「最初はあんまり自信がなかったけど、今はちょっとだけ自信がついてきたかなと思います」
(吉備高原希望中学校 島中 洋行 先生)
「表情見たときに節目がちで学校に来たねというのは第1印象です。練習は難しいし大変だしというのがあるんですけど、それを乗り越えると表現をする場があるというのは彼にとっては力になるんじゃないかなと思います」

人間関係に悩み、苦しんだ過去があります。放課後、これまで誰にも語らなかった胸の内を明かしてくれました。
(王雅さん(中3))
「人の悪いところばっかり見つけるようになってきて。ほんまに(学校に)行きたくないし、友達と会っても恥ずかしいだけだしみたいな。なんか言い訳ばっかり出てきて、なんかすごく苦しかった記憶があります」
内気な自分と周りを比べるたび、自信を失い、同級生を遠ざけるように。小学6年生からの3年間、週に2日ほどしか学校に行けなくなりました。
(王雅さん(中3))
「一時期死のうかと考えたりしていまして。すごい荒れていたと思います。小6ぐらいからもうおっても意味ないなって」

王雅さんは中学2年になる春、香川県から高梁市に引っ越してきました。母・有香(ゆか)さんが見せてくれたアルバムには、笑顔が並んでいます。
(王雅さんの母 有香さん)
「私がカメラや携帯を向けたりとかしてるときも、こうやってピースして。私を見つけたらすぐ入るみたいな、していたのに。5年生から多分ちょっとずつ、つまずき始めた時期だったと思うんですけど、そこから写真がパッタリなくなっちゃっていて」

心を閉ざしていく息子…近くにいながら止められない変化に、有香さんは悩み続けました。
(母 有香さん)
「顔色が明らかに違うので、やっぱりどこかで自信なくして。友達とどういうふうに付き合っていくかというところで多分悩んだ時期が小学生のときとかあったと思うので。私もちょっと入れないぐらい、落ち込んじゃっていて」


有香さんは王雅さんが生まれてまもなく離婚。以来、女手一つで2人の兄弟を育ててきました。3つの仕事を掛け持ちしたことも。子どもたちのため懸命に働くほど、家族で過ごす時間は削られていきました。
(母 有香さん)
「2人を食べさせていくだけじゃなくて、習い事させてあげたいとか、靴がすり減ったから新しい靴を買ってあげたいとか。思っても、なかなかしてあげられなかったので、仕事を増やすしかなかったっていうのがあって」
「寂しかったんじゃないかなと思います。誰かにというか私に、一番理解してほしかったんじゃないかなって・・・」

有香さんの再婚を期に移り住んだ高梁市でも、王雅さんは学校に通えなくなっていきました。迫る高校受験、見えないその先の将来。親子でたどり着いたのが、希望中学校でした。
その頃 王雅さんが自分自身に宛てた手紙があります。
(母親 有香さん)
「自分のことが嫌いで、根暗で人と話すときも、早口になってしまって発表するときも緊張して、泣いてしまうこともあって、好きになれませんというのを書いていて、でも自分に自信を持ってみたいですというのを書いていますね【画像】」

自分のことを認められる自分になりたい。希望中学校は、変わりたいと願う彼を、励ましてくれました。
(王雅さん(中3))
「友達とか同級生とか先生も人が良くて、すごく暮らしやすいです」
打ち込むもの、自分を表現する場所をみつけた王雅さんは、次第に本来の自分を取り戻していきました。そして、ここで過ごした日々は、あの日願った姿へと変えていってくれました。

(王雅さん(中3))
「トランペットを吹いているときだけ、全部忘れられるような気がして。苦しくても好きなことを続けられたからここにいられるのかなって思います」














