「難民」生活を経て宮古島に戻ると…
再会した一家は引き揚げ船に乗るため基隆の港へ向かいますが、宮古島への船は運賃がべらぼうに高い「闇船」ばかりで乗れず、難民としての生活が始まりました。
「流浪の旅、難民ですよ」「マラリアにかかって、毎日のように、廟(寺)でお経をあげるのが聞こえてくるんです」
宮古島から引き揚げのための船が来たのは、終戦から7か月後。しかし、一家を待っていたのは、跡形もなくなったふるさとでした。宮古島の桟橋に着いたキヨ子さんは、「間違ったところに来たんじゃないか」と思いました。
家が跡形もなくなっていました。














