母親「起きて 生きて戻って来て」

武石さんは転覆した船の一部に自らのライフジャケットが引っかかっていました。

武石さんが海から救出されたのは転覆から約1時間後。搬送先の病院で死亡が確認されました。

武石さんが病院に運ばれたと知らされた母親は…

武石さんの母親(文書でコメント)
「私は何が起こったのかよく理解できず、とりあえず学校へ向かうことにしました。校長は携帯を操作し、おそらく病院名か死亡時刻を探していた様⼦で、淡々と携帯の画面を見ながら『知華さんですが、さきほどえーと…12時…29分に、えーと、どこの病院だっけな、えーと北部地区医師会病院にて死亡が確認されました』と告げました」
「17年間⼤切に⼤切に育ててきた娘の訃報はこんなにも端的に、簡単に告げられるものなのかと絶句でした。よく覚えていませんが、『いやです…なんでですか?なんで知華が…いやです…なんで…なんで…』と⾔い続けた記憶があります」
「⾃宅に戻りすぐ、何とかして知華を起こせないかと思い、知華のベッドを何度もたたきました。起きて、生きて戻ってきてって⾔いながら何度も何度も…」
「実際に対面した時は、現実なのだと、なんで、なんで死んでいるのって、傷も私たちの想像以上でした」

武石さんの姉
「修学旅行に⾏っていただけの妹が、どうしてこんな姿で帰って来なければならなかったのか、今もまだ受け止められていなくて…。たった一人の姉だったのに、知華が⼀番怖かった時にそばにいてあげられなかった悔しさ。1時間も一人で冷たい海の中にいたというのが悔しくて、その無⼒感と後悔は今もずっと残っています」
「知華と沖縄で対⾯した時には、『遅くなってごめんね』『一人にしてごめんね』という、本当になんでもない言葉しか、かけることしか出来なくて、悔しかったです」

事故の2日後、母親は武石さんが乗っていた船に向かい、娘の名前を呼びました。

武石さんの母親(3月18日)
「ともちゃん…ママ来たよ。どこに引っかかっちゃってたん?怖かったね、ともちゃん…」