■印象派への憧れと模写に隠された謎

今回発見された7枚の絵はがきは、フランスの画家、モネの「ボルディゲーラ」や、ルノワールの「アルジャントゥイユの庭で描くモネ」「ヴェニスのサンマルコ広場」など、印象派の名画を水彩絵の具で模写したものです。

宛先は、のちの版画家で、当時東京美術学校の学生だった橋口五葉ら、漱石が心を許した教え子たちでした。「夏目金之助」という本名で送られたこれらの作品からは、120年という長い歳月が流れてもなお、みずみずしい水彩の透明感や、息を詰めて筆を走らせたであろう文豪の熱気が克明に伝わってきたのです。

差出人は「夏目金之助」

鮮やかな色彩の裏で、1つの大きな謎が研究者たちの前に立ちはだかりました。1900年代初頭の日本は、現在のように手軽に外国の美術作品をカラーで目にできる環境ではありませんでした。イギリス留学中に漱石が購読していたイギリスの美術雑誌にも、フランス印象派のカラー図版での紹介はほとんど見当たりません。東北大学附属図書館の「漱石文庫」に残された蔵書にも、ルノワールの画集はなく、フランスの美術史家の著書の英訳がある程度です。
漱石がいったい何を見て、これほどまでに克明な模写を行ったのか。原画をどのようにして知ったのかは、現時点では不明のままです。

当時ヨーロッパでは、名画を絵はがきにして送り合う文化が流行していました。何らかのルートで、そうした絵はがきやカラー図版を漱石が入手して模写した可能性が高いと考えられています。

(秀明大学 長島 裕子客員教授)
「漱石は、自分のお気に入りの部分の色合いや雰囲気、そして作品の情緒、色調などを、自分なりに克明に再現しようとしています。文字を添えるのではなく、ヨーロッパの名画から受けた深い情感を、そのまま絵として純粋に伝えたかったのではないでしょうか」

当時は日清・日露戦争を経て、私製はがきが流通し始めた時代。切手を貼れば自由に思いを送ることができるようになった社会的背景と、水彩画の流行が重なり、漱石はこれらの絵はがきを描いたと推察されています。