救助現場の混乱 分単位で克明に記録

仲村家治県議:
「波が3メートル近くあり、迂回しないと救助にいけなかったと」「通常こういう海難事故の場合は、船長さんをまず確定して『何人乗っていたんですか』と聞き取りするんですけど、当時はどなたが船長なのか分からないぐらい点在していたので、とりあえずは救出するのが第一だと」

船にしがみつく生徒もいるなか、救助隊は手探りの捜索を強いられていました。

白波が立つ辺野古沖の海域(2026年3月撮影)

平和丸の船内に取り残された武石知華さんの姿を海上保安官が確認したのは10時46分。ライフジャケットが船の収納庫に引っ掛かっていました。

このとき海上保安官らは、辺野古沖の海上警備から急行していたため潜水装備を持っていませんでした。10時50分頃、現場から約15キロ離れた名護市消防本部から、潜水器具を持った消防の水難救助隊が到着しましたが、武石さんが救出されたのは11時15分。平和丸の転覆から1時間3分が経過していました。