本の印税は遺族へ
<トメに届いた現金封筒に入っていた手紙 1953年10月12日>
この様な訳で私ども相談の結果、ご遺族様にお送りする金額を五百円にとどめ、残額を前記諸費用に当てて頂き、もし余剰があれば戦犯死没者を毎日供養しておられますから、その香華料の一端にでもして頂く様、強いて先生にお願いいたしました。右の事情をご了承の上、同封の金子御嘉納下さる様、お願い申上げる次第であります。
尚、田嶋先生にはその後、ご病気もはかばかしくなく、筆をとられますのもご不自由でありまして、皆様には私よりくれぐれもよろしくとのことでありました。ついでながらお伝え申上げます。
巣鴨文化会 冬至堅太郎
ご遺族様各位
1953年当時は、ラーメンが30円~50円、大卒の初任給が1万円程度だったので、500円は現在の1万円~2万円といったところだろうか。慰霊法要に出席したトメは、田嶋教誨師と会って、印税送金のお礼を伝えたのではないか。そして田嶋師は、幕田大尉の「最後の晩餐」でのエピソードなどをトメに話したのだろう。
















