白血病と闘う中学生 池江選手がかけた言葉
アジア大会に内定している、競泳の池江璃花子選手。

池江さん
「この世の中、自分では想像もできないところで一生懸命生きてる人たちがいるって、いつも(病気になってから)そういうことを考えてしまうんだけど」

白血病を克服した彼女が、今回“自分ができることをしたい”と訪れたのは、小児専門病院である、千葉県こども病院。
現在、池江選手と同じ急性リンパ性白血病と向き合う、中学1年生のりかさん。
4歳から7年間、競技バトンに打ち込むなど、とても活発な子だったといいます。病気がわかったのは2025年12月、小学校を卒業する前のことでした。
それからは、同じ病を乗り越え活躍している池江選手の存在を“希望”にしていたというりかさん。

池江さん
「いま何食べたいとかある?」
りかさん
「唐揚げ食べたいな」
池江さん
「私が入院中一番行きたかったレストランはね、サイゼリヤだった」
りかさん
「一緒一緒!」
池江さん
「一緒?美味しいよね」
同じ病気を経験しているからこそわかり合える2人。

池江さん
「一番入院していて大変なことは?」
りかさん
「小6に入院だったから、卒業式も入学式も出れなくて、それが悲しかった」
池江さん
「私も(高3の)2月に病気が分かったから、卒業式も入学式も出れなくて、だからすごく気持ちがわかる」
仲間と迎えるはずだった大切な日。その辛さが誰よりもわかる池江選手だからこそ伝えられる言葉も…

池江さん
「辛いと思うけど、サイゼリヤに行くとか、ディズニーに行くとか、美味しいもの食べに行く。行きたいところに行くっていうのを、私はノートに書いてた。自分を強く持って、『絶対負けないぞ』っていう気持ちで毎日戦ってたから、笑うことってすごく良いことだから、たくさんお喋りして、もちろん、しんどいときはたくさん休んで。1日でも退院日が縮まったらいいもんね」
自らの経験から紡ぎ出された、力強い励ましの言葉。
りかさんの日常を奪った病がわかったとき、母の良枝さんは…

母・良枝さん
「行き帰りの車の中で1人で泣いたりとかしていて、一番は『なんでうちの子が』っていうのがすごくあって」
それでもりかさんは…
母・良枝さん
「1回も弱音を聞いたことがなくて。でも多分、私のいないところで、夜1人になったときにきっと泣いてたんだろうなって思う形跡が、次の日の朝行くと、目が腫れていたりとかしているので」
池江さん
「私は、とにかく喋らなくてもどんなに自分が体調悪くて辛くても(家族が)そばにいてくれることがすごく嬉しくて」
一番苦しいときに、ただ寄り添ってくれる家族の存在は、支えとなっています。

池江さん
「なんて書いてほしい?」
りかさん
「何書いてても嬉しい」
池江さん
「『闘ってサイゼリヤに行こう』は?」
りかさん
「率直に言うとめっちゃ嬉しくて会えて。治療ももっともっと頑張れる」
池江さん
「りかちゃんと一緒にサイゼリヤに行くことを目標に水泳を頑張ります」
5月8日、3度目のアジア大会に向け、練習中の池江選手。この日も、朝と夕方で合わせて8キロ泳ぐ過酷なトレーニング。
池江選手からの誘いもあり、3年ぶりに今井月アシスタントディレクターも練習に参加しました。
練習の後は一緒にクールダウン。そのまま、アジア大会への思いを聞きました。
池江さん
「目標は銅メダル以上。あわよくばメダル2個。せっかく日本でやるので、盛り上がるんじゃないかな」
今回は32年ぶりの日本開催。再び、アジアの頂点へ。池江選手の挑戦はまだまだ続きます。

















