太平洋戦争末期、アメリカ軍による空襲で犠牲となった子どもたちを供養する集いが宮崎市の小学校でありました。

1945年5月11日、現在の宮崎大学附属小学校で集団下校していた児童16人がアメリカ軍の空襲に遭い、犠牲となりました。

学校では毎年、犠牲となった児童を供養する「いとし子命の集い」を実施していて、今年は全校児童およそ575人と遺族ら8人が参加しました。

集いでは、叔父をなくした山下均さんが、児童たちに命の尊さについて語りかけました。

(宮崎大学教育学部付属小6年 江口夏子さん)
「戦争をしてしまうと尊い命まで奪ってしまうから絶対にしてはいけないことだとわかったので、遺族の方々の気持ちを常に考えながら生活していきたい」

このあと、児童たちは校内にある供養碑に花を手向け、平和の大切さに向き合っていました。