事実確認もせず先輩の前で“叱責” 「あいつとは関わるな」と孤立させられ…

2026年3月、悠太さんの命日を前に故郷・札幌へ。悠太さんが亡くなった当時、はるかさんは教習所に通っていました。

はるかさん
「弟が『免許取れたら最初に乗せてね』って言ってくれていたので。一緒にドライブしたかったな、絶対楽しんでくれただろうなっていうのは、すごく思います」

2つ違い、仲の良いきょうだいだったという2人。亡くなるまでに何があったのか、はるかさんは聞いていました。

2013年2月、悠太さんは部員2人に部内恋愛をしていたことなどを打ち明けます。

部内恋愛は規則違反です。部員2人が、これを顧問に報告しました。

3月2日、顧問は悠太さんを呼び出します。そして、事実確認もしないまま「女子部員と交際していると嘘を言いふらしている」と決めつけて、こう叱責しました。

「もし自分の娘にそういうことを言われたら、俺なら黙っていない。お前の家に怒鳴り込んでいく。名誉毀損で訴える」

指導は、先輩部員4人の前で行われました。そして顧問は、部をやめたくなければ「他の部員に一切メールをするな」と命じたと言います。

悠太さんは帰宅後、ひどく焦った様子でした。

はるかさん
「私は『部活行かなくていいんじゃない』と言いました。その言葉に悠太はあわてたように、『明日は絶対行くから。行かないと本当に辞めさせられちゃうから』と何度も言い、家族まで悠太の部活を奪うようなことはできませんでした」

部活は、悠太さんの“全て”だったのです。

しかし3月3日、登校した悠太さんは、なぜか部活に顔を出しませんでした。悠太さん抜きで始まった部活で、顧問は部員にこう言います。

「これであいつはもう駄目だな。今後は一切関わらないこと」

悠太さんはその頃、学校を出て、地下鉄の駅へ。親友だった部員に「部活お疲れさま。結局、電話はなかったね」とメールして、自殺しました。

親友は2年後、はるかさんにこう打ち明けたといいます。

はるかさん
「『僕が一番悪いんです。僕さえ連絡とっていれば、亡くならなかったと思うんです。連絡とるな、関わるなと言われて…』判断がもう当時、わからなくなっていたっていうのを後で教えてくれて」

遺族は2016年、学校側に自殺の責任を問い、提訴。その4年後、札幌高裁は「顧問の指導は不適切で、自殺はその指導を契機に生じた」と指摘したものの、指導だけが原因であるとは言えず、自殺を予見することは困難だったとして、訴えを退けました。

中学時代の恩師は、こう話します。

中学時代の顧問
「要点を伝えれば、あの子はちゃんと反省してすぐ直せる子ではあったんですよね。『一緒に、もう一回頑張っていこうな』。その一言でもあれば、救われたと思うんですよね」