家中に響き渡る悲鳴 怖くて逃げた…「せめてそばに」

利子さんが身につけていたブラウス(寄贈:大本徳夫 所蔵:原爆資料館)

原爆投下から10日後。利子さんを可部(現・広島市安佐北区)の疎開先に連れて帰ることができました。

しかし、薬はなく、すったキュウリをうどん粉にまぜて傷口に貼るだけ。取り換えるたびに、利子さんの悲鳴が家中に響き、怖くなった久夫さんは、家の外に逃げたといいます。

大本久夫さん
「叫びあげる、死に物狂いで叫ぶ。それはもう言語に絶する声なんで。きょうだいが苦しみよるのに、それを怖いといって家の外に逃げたのが、本当にみじめで、姉に申し訳なくて。

せめてそばにおってあげたかった、姉のそばにですね…」