“音のない世界”闘病生活 21歳で死去のチェリストは家族に…

医師から診断されたのは白血病。千葉大学病院にすぐ入院することになりました。

山本昭夫さん
「突然、交通事故にでも遭ったかのような気持ち。(息子は)我々以上に想像つかない辛さはあったと思います。チェロを持っていけない辛さはあったと思います」

他の患者もいることから、病室に楽器の持ち込みはできず、会話も制限されます。

山本昌代さん
「『楽譜を持ってきて』と言われるので持って行くんですけれども、最初は見て勉強になったけれども、やっぱり“音”。楽譜を見て、弾けるのに弾けない辛さ」

“音のない世界”はストレスとなり、難聴になることも。

闘病生活が1年近くに及ぶ中、栞路さんは家族に“ある願い”を打ち明けるようになりました。

山本昭夫さん
「(病院に)防音室があるといいよねと話していて」

山本昌代さん
「自分が楽器を弾きたいというのもありましたし、治療も辛いのに(病室で)家族からの電話でも普通に話をできない。(栞路が)『今までと変わらない生活ができる時間がちょっとでもあるといいのに』と言っていて」

この会話から約3か月後、栞路さんは21歳の若さで亡くなりました。

山本昌代さん
「栞路が『お父さんとお母さんの子どもでよかった』と言ってくれて、『私たちのところに来てくれてありがとう』と最後に3人で話をした言葉だった」
「防音室という課題を残してくれたことで、いつか自分にも寿命が来て、あちらで再会したときに『ありがとう』と笑顔で会えるように」