学生ボランティアが資金集めからスタート

交流の家の建設が始まったのは1963年。
ハンセン病に対する根強い偏見や差別があった時代です。学生ボランティア団体、「FIWC」は、ハンセン病回復者が安心して泊まれる施設をつくろうと資金集めから始めました。当時、京都の大学生だった加藤さんの亡き夫藤本敏夫さんは、FIWCの一員として尽力しました。1967年の完成から約60年です。
(加藤登紀子さん)
「つながっている。何があって今があるかというのがね。ほとんどのことが60年という歴史では激しく変化してきた。ここに変わらないものが残っているのは感動」















