国の命令で作られた“中にいたら死ぬ”家庭用防空壕
福岡市に貴重な防空壕が残されています。

1921年創業の立石ガクブチ店。床下に深さ2mほどの穴が掘られています。コンクリートや木で補強された8畳ほどの「家庭用」防空壕です。
戦争末期、防空壕は一般家庭にも盛んに作られました。国が命じていたのです。

立石ガクブチ店3代目 立石武泰さん(74)
「昭和19年に軍の命令で掘り始めた。9か月ぐらいかかったと言ってた。昼間はずっと掘っていた」
創業者の立石安兵衛さんが、妻と長女と一緒に作ったこの防空壕。しかし、使われることはありませんでした。

1945年6月19日の福岡大空襲では、一家は公園に避難しました。
立石ガクブチ店3代目 立石武泰さん(74)
「東京大空襲、大阪大空襲の噂話が6月までに流れてきた。絶対これは危ないよ。(防空壕の)中にいたら死ぬよと」
「中にいたら死ぬ」。そんな防空壕がなぜ作られたのでしょうか。














