被災地の今を見つめるシリーズ「つなぐ、つながる」です。東日本大震災発生の翌月、人気お笑いコンビ・サンドウィッチマンの2人が出会った2歳の男の子がいます。あれから15年、被災地に笑顔を届けた男の子はいま。
出迎えてくれたのは、大瀧聖太さん(17)。宮城県内の高校に通い、この春、3年生になります。
大瀧聖太さん
「まじで本当に2歳なので、記憶がないんですけど…」
そう、聖太さんが語るのが、こちらの映像。15年前の震災翌月、番組のロケで被災地を訪れたサンドウィッチマンの2人が宮城県南三陸町の中学校でステージに上がりました。ここで現れたのが、当時2歳の聖太さんでした。
当時の映像を本人に見てもらうと…
大瀧聖太さん
「うれしいですね、やっぱり。サンドウィッチマンさんに抱っこされたって、うれしいじゃないですか、誰でも」
そんな聖太さん、高校ではテニス部に所属。東北大会で優勝も果たした強豪校です。普段は親元を離れ、高校の寮で生活しています。
大瀧聖太さん
「高校卒業したら専門学校に行って、美容師をやってみたい。地元のお客さんがいっぱい来てくれれば」
自宅に戻るのは月に1度か2度。父の和昭さん(62)は、帰省のたびに聖太さんの成長を感じていると話します。
あの15年前のサンドウィッチマンとの共演は、実は偶然ではなかったと和昭さんが明かしてくれました。
父・和昭さん
「サンドウィッチマンが(ステージの)上に行ったからスタッフに聞いた。あの上にこの子をあげて大丈夫ですか?と。そしたらオッケーですとなって、『じゃあ、聖太くん行ってきなさい』とあげたら、あの状況になった」
今でこそ落ち着いた生活を送っていますが、震災当時は家族みんなで避難を余儀なくされました。
父・和昭さん
「(息子に)この風景は見せられないなと思って、おばあちゃんの家まで避難した」
震災の記憶はありませんが、震災を「経験していない世代」にも、その恐ろしさを伝えていきたいと話します。
大瀧聖太さん
「震災を経験していない人もいる、自分の3歳下から。なので伝えても相手がどう感じるか分からないが、できれば少しでも分かってほしい。(Q.サンドウィッチマンにもう一度会えたら…)2歳のときステージに上がって、すみませんでした。またいつか会ったときに抱っこしてください」
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