いわば「日本経済の象徴」に

あまりの乗車率に車両の窓が割れてしまう、押しつぶされた人が倒れてしまう、などのことが頻発し、列車は遅延し、そのことがさらなる混雑を生むなどの悪循環が起こりました。

こうしたことが珍しいことではなかったというのが、高度成長の当時でした。

世界的に日本の通勤ラッシュは有名になり、都市への人口集中、企業社会の長時間労働文化が「エコノミックアニマル」の名前で話題になったものです。

渋滞は世に連れ…

しかし、1965年が永遠のピークだったわけではありません。1970年代以降、国鉄は複々線化や新線建設を進め、私鉄各社も輸送力増強に取り組みます。

時差通勤なども叫ばれましたが、当時はあまり定着しませんでした。

1970年代後半から80年代にかけて、混雑率は徐々に緩和されました。それでもバブル期には再び都心回帰が進み、ラッシュは続きます。

ラッシュ時は座席を折りたたむ車両まで登場しました。(1991年・山手線)

そして2020年、新型コロナウイルスの流行が世界を覆います。緊急事態宣言下、駅のホームは静まり返りました。