【だれも住んでいない「新鍛冶屋町」】

手前の緑地部分が「新鍛冶屋町」(2026年2月撮影)

消防局や熊本幼稚園があった場所は「紺屋今町」ですが、現在の白川右岸緑地のうち、代継橋からコミュニティセンターの間120mほどの区画は、「新鍛冶屋町」という別の町になっています。

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1980年代の撮影と思われる、国道3号と代継橋付近の空撮写真です。桃色で示した範囲が「新鍛冶屋町」。右下が熊本市消防局・中央消防署です。

江戸時代の絵図には既に新鍛冶屋町という地名が見られ、当時一帯は町人街でした。戦後、国道3号が整備・拡幅されるまでは多くの民家が立ち並んでいましたが、1950年代以降、住人は「ゼロ」。現在熊本市には住人が一人もいない「町・丁目」がおよそ20ありますが、その多くは農地や山間部、あるいは「本丸」「二の丸」(熊本城内)や「新港1丁目・2丁目」(熊本港)のように、「公共施設なので住人はいない」というものです。新鍛冶屋町のように、市の中心部なのに居住者も大きな建物もないというのは、珍しい例だと思われます。

代継橋側から見た新鍛冶屋町全景(2026年2月撮影)

新鍛冶屋町は、だれも住んでいない上にあまりに狭いためか、一部のネット地図サービスでは町名が表示すらされません。現地を探してみても、ここが「新鍛冶屋町」であることを示すのは、町内唯一の建物、公衆トイレにあった町名表示板だけでした。

(2026年2月撮影)


<参考文献>
「新熊本市史」(熊本市)
「熊本市 統計情報室」(熊本市政策局総合政策部データ戦略課)
熊本地名研究会「くまもと城下の地名」(熊本日日新聞社)
「最新熊本市街図」(和楽路屋)
「エアリアマップ 熊本市」(昭文社)