元日に震度7を観測した能登半島地震の発生から2年。「故郷に戻りたくても戻れない」もどかしい思いを抱える人も多くいます。最愛の妻子を失った男性もその一人です。

建物の解体作業が進み、更地が目立つようになった輪島市の街中。

きょう、家族との思い出が詰まった場所を楠健二さんが訪れました。

楠健二さん
「2年前のきょう、ここにいたんだよ、2人は。そう考えれば、何を声かけていいかと言ったら、謝るしかない。出せなくてごめんなさい」

能登半島地震で横倒しとなった7階建てのビル。楠さんの自宅と、妻と営んでいた居酒屋「わじまんま」が下敷きになりました。自宅にいた妻の由香利さんと、19歳だった長女・珠蘭さんが体を挟まれ亡くなりました。

輪島市からおよそ320キロ。楠さんはおととし6月、以前、家族で暮らしていた神奈川県川崎市で店を再開させました。

楠健二さん
「これは香箱ガニ、今の時期ならでは。こっちの客にも能登のものを食べてほしいが故に、去年もやったけど、今年もその時期が来た」

地震から2度目の冬。

楠健二さん
「ひたすらに忙しい思いをしていれば気が紛れるかなと思ったが、そうでもなかった。もともと、女房と輪島で最期を迎えると約束していたので」

午後5時半、開店の時間を迎えました。かつてと同じ店の名前「わじまんま」を掲げて…。

店内に響くにぎやかな声。

楠健二さん
「これもいい感じ」

身の詰まったカキはこの日から始まりました。


「おいしい」

ここには、能登に心を寄せる人が集まってきます。

妻と娘の命を奪ったビルの倒壊。先月、国土交通省の有識者委員会が最終報告書を取りまとめました。

大きな揺れで、くいが壊れたことに加え、ビルの柱の配置が偏っていたことで重量が特定部分に集中。地盤の弱さも加わり、複合的な要因で倒壊したと結論付けたものの、まだ解明できていない部分も多いとしています。

楠健二さん
「素人の僕でも分かりそうな結果だった。もう少し詳しく調べてくれないと、地震のせいだとまだ思っていない」

店の入り口に掲げる「復興中」の看板。いつかまた、輪島に戻ることを誓い、楠さんは店に立ち続けます。

楠健二さん
「失ったものばかり数えていてもしょうがないと頭のどこかにある。残ったものは何かというのを考えていかないといけない。生きるということは、そういうこと」