地元民にとっては当たり前なのだが、愛媛県は「東予」「中予」「南予」の3エリアに分けられる。
しかし、なぜ「東・中・南」というアンバランスな分け方なのか?「●部」ではなく「●予」なのか?
その歴史を徹底調査した。
「物心ついた時から…」県民になじみ過ぎている愛媛のエリア分け
東予4市1町・中予3市3町・南予4市5町というこの分け方について、県民の皆さんに実感を聞いてみると…

(愛媛在住約40年・男性)
「物心ついた時から『東・中・南予』です」
(愛媛在住約20年・男性)
「小学生の時に天気予報で見て知りました」
(愛媛在住約70年・女性)
「子どものころからこの呼び方なので、それ以前のことは分からない」
(愛媛在住約30年・男性)
「いつからそういう呼び方になっているのかは分からない」
当たり前すぎて、気にも留めていなかったという声が多数。

しかし、なぜ「東・中・南」という分け方になったのか?
一体、いつ・誰がこの呼び方を提唱したのか?














