「日本兵には内緒にしてほしい」
この直談判からすぐに、食事は改善された。パンの量なども増やされた。この突然の変化に周囲の日本兵は喜んでいた。口々に「それにしても、なぜ飯が良くなったんだ」と語り、笑顔も見られるようになり、士気も上がっていった。この食事が改善されたことは、早速強制労働にもプラスの影響を与えた。課されたノルマの達成率が上昇してきたのだ。
ソ連兵も「食事が良くなれば、もっと仕事もこなせるのか」と改めて気付かされたようだった。すべては、春男の直談判の功績だったが、それは誰にも語らなかったし、ソ連兵にも「日本兵には内緒にしてほしい」と頼み込んだ。

理由は2つあった。ひとつは、日本兵がソ連兵に土下座したことなど、人によっては屈辱的と思えるような事実は伏せておきたかったからだ。土下座は許されるはずもなかった。それは日本兵の面子が許さなかった。敗戦し捕らわれの身となろうとも、日本兵としてのプライドがあった。「生きて捕虜の辱めを受けずの精神を叩き込まれたからな。でも、あの時はそうするしかなかった」と振り返っていた。
その選択に後悔はなかったし、間違っていなかったと春男さんは語っていた。
直談判を誰にも知られたくなかった2つ目の理由は、春夫さんの性格にあった。自慢することが大嫌いだったのだ。「俺が皆のためにやったよ」とも吹聴することもできただろうが、彼はそれが性に合わなかった。

こうした人格も評価されたのか、春男さんは異例の大抜擢を受け、300人を束ねる中隊長になることを命じられたのだ。歳上の人は数多くいたし、力があり仕事ができる人、リーダーシップを発揮している人は他にもいた。しかし、ロシア語を駆使し、部隊のために尽力した春夫さんが選ばれたのだ。