あたたかく、どこか寂しいことばが交わされる店内で。棚の商品はすでにまばらになっていました。山口市の中心商店街から親しまれた店がまたひとつ看板を下ろし、創業150年の老舗文具店が最後の日を迎えました。

明治8年創業 5つの時代を見つめた老舗

山口市の中心商店街・中市町に店を構える文具店「オカザキ」は、2025年5月31日にその歴史に幕を下ろしました。店を切り盛りしていたのは岡崎信子さん(79歳)。最後の日、来てくれた客と別れを惜しみました。岡崎信子さんは「お客さん来ていただいて『さよならさよならさよなら』って思います」と語りました。

「オカザキ」が店を開いたのは1875年・明治8年。筆など、現在で言う「文具」の取り扱いを始めました。

高度成長期を支えた専門店の誇り

高度成長期、経済発展に伴って会社も増え、書類は書いても書いてもつきないほどでした。文具だけでなく机や棚など「オフィス用品」の需要も、うなぎ登りだったと言います。

かつてこの棚には、いまではあまり見かけないものが売られていました。「定期建物賃貸借契約書…」何やら難しそうなことばが並んでいますが・・・

岡崎さん
「労働基準監督署・税務署。ああいったところに提出する書類が。昔はみんな決まった様式の、役所に提出する書類を」

今ではダウンロードしてパソコンで作成できる書類も、かつては決まった書式に書き込んで提出していたそうです。手書きの時代には重宝されました。

常連客が語る老舗への思い

そんな時代を知る客も、店がなくなることに寂しさを感じています。

店の客
「老舗がどんどん無くなるのは、本当に私としてはさびしくて。あっちもこっちも、なじんだところがみな消えていく…」

ワンクリックで買い物ができる時代でも、根強いファンに支えられてきたのは、専門店としての誇りでした。

市内の親子連れ
「じかに見て触れてわかるので、ネットとか量販店より豊富だなっていうのは」
書道用品を買いに来た人
「書道の道具はここが一番そろっているので、社長にもっといい道具を使いなさいっていわれました」

弟の急逝で継続を断念

その社長というのが、信子さんの弟・正さんでした。若くして店を継いだ正さんは、商品だけでなくその仕入れ先や顧客の要望などをすべて把握していたといいます。

しかし、正さんが去年11月に急逝。店を離れていた信子さんが急きょ引き継ぎ、店を切り盛りしました。長い人で50年という従業員の助けもあって店を維持してきましたが、正さんの存在が大きく継続を断念しました。

感謝の気持ちを胸に…静かに幕を閉じる

午後5時、閉店の予定時間が過ぎました。商店街には歴史を見届けようという人たちが集まりました。

店内では信子さんが最後まで接客します。

店に来るようになって文房具が好きになったという子。

閉まりそうなシャッターを見て泣き出してしまいました。信子さんは小さな体をいっぱいに曲げて一礼しました。常連さんや近所の人に見守られながら、シャッターは下ろされました。

岡崎信子さんは「うれしかったです、あんな来ていただいてね、うれしかった…」と振り返り「弟さん(前社長正さん)はなんて言うてですかね」という問いかけに「『やったねえ、ありがとう』『お客さんのおかげ、従業員のおかげ』ですかねえ」と答えました。

感謝のことばがつきません。明治、大正、昭和、平成、令和。5つの時代を見てきたひとつの文房具店が歴史の幕を閉じました。