■“実質義務化”背景に岸田総理の強い思い
実際、岸田総理が8月の内閣改造で河野氏をデジタル大臣に起用したのは、マイナンバーカード普及促進をにらみ、その突破力に期待したからだった。
岸田総理
「マイナンバーカード普及は待ったなしだ。河野大臣の突破力に期待している」
岸田総理は、周囲にこう解説すると、組閣直後に河野氏に対してマイナカードと保険証との一体化促進と、紙の保険証廃止によるカード取得の“実質義務化”を指示したという。
菅前総理、岸田総理2人の仕事ぶりを間近で見てきた政府関係者は、「岸田さんにとってのマイナンバーカード普及と言うのは、菅さんにとってのワクチン接種。それくらいの熱意をもって総理は臨んでいる」と解説する。
その熱意はどこから来るのか。岸田総理には苦い記憶がある。
2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、政府与党はすべての国民に一律10万円を配ることを決めた。しかし、給付を実施する自治体の窓口は処理しきれずに混乱し、給付が遅れるなどした。批判の矛先は当時、自民党の政調会長だった岸田総理にも向いたのだ。
総理周辺
「国民からの申請を待つことなく、政府から一律に給付する仕組みは日本にはない。これを実現させるためにはマイナンバーを完全普及させるしかない」
総理周辺は、岸田総理がすべての国民にプッシュ型でサービスを提供できるツールとしてのマイナンバーカードを強く意識しだしたのはこのころからだったと証言している。
しかし、なぜ今、マイナカード”実質義務化”に踏み切ったのか。
■“これ以上の上積みは難しい”と判断
マイナンバーカードの交付率は、配布開始6年半あまりで50.9%(10月27日現在)に達した。申請数なら7200万枚を超えていて、年内に運転免許証の約8100万枚到達が視野に入ってきた。免許証を保有しているのは全国民の約64%(取得できるのは満18歳以上)。ちなみに新型コロナワクチンの3回接種率は約66%(10月27日現在・生後6か月以上が対象)である。ご存じのようにワクチン接種は義務ではない。
政府関係者によると、政府がマイナポイント付与という“アメ”から、紙などの保険証廃止=カード取得の実質義務化という“ムチ”へと舵を切ったのは「お願いベース」ではこれ以上の上積みが難しいと判断したところが大きいという。「どこかで退路を断たないとなかなか進まない(政府関係者)」という考えだ。
ただ、現行の法律上、マイナンバーカードの取得はあくまで任意となっている。実質義務化をするならばマイナンバー法の改正をすべきでは、という批判は免れない。また、安倍元総理の国葬と同様、突然、トップダウンで意思決定を下すのは乱暴だという声も出ている。
一方で、他の決定事項においては「検討使」とか「判断が遅い」などと非難されている岸田総理は、双方向から批判される珍しい政治家と言える。
■”誰一人取り残さない”デジタル社会は実現するか

岸田総理(10月28日 記者会見にて)
「マイナンバーカードで、医療機関を受診することによって、健康・医療に関する多くのデータに基づいた、よりよい医療を受けていただくことができるなどのメリットがあるほか、現行の保険証には顔写真がなく、なりすましによる受診が考えられるなど課題もあります。こういったことを考慮して、保険証を廃止していくという方針を、明らかにした次第であります。」
岸田総理は、28日の記者会見でも”マイナ保険証”のメリットと紙の保険証廃止の意義をこう訴えた。カードを持たない人への対応などのため、関係省庁による検討会を設置する方針も表明した。
マイナカード“実質義務化”という岸田総理が踏み出した一歩が、将来的に「レガシー」と呼ばれるのか、「天下の愚策」と結論づけられるのか。今後の岸田総理の説明や行動ひとつひとつにかかっている。